こんにちは。かえでファミリー歯科の須貝誠です。

前回、ソクランスキーのピラミッドとレッドコンプレックスについてご紹介しました。
今回は、歯周病細菌がこれまでどのように研究され、どうやってレッドコンプレックス
までたどり着いたのか、歯周病研究の歴史の一端をお話ししたいと思います。

 

1 .前回のおさらい

・ ソクランスキーのピラミッドとは、口腔細菌を歯周病原性の高さで分類したときに描かれる四角錐の図です。
ソクランスキー先生は、アメリカの有名な研究所であるフォーサイス研究所で
歯周病菌の研究を行い、「歯周微生物学の父」とも呼ばれるすごい人です。
2002年に発表された論文の中で、このピラミッドが紹介されました。

・ ソクランスキーのピラミッドは、幼児期から長期間かけて様々な細菌が感染することによって積み上げられ、成熟していきます。

・ 底面は、善玉菌と弱毒菌で構成される4つのコンプレックスです。

・ 中層は、低毒性のオレンジコンプレックスが占めます。

・ 頂点は、レッドコンプレックスと呼ばれる最も歯周病原性の高い3種の細菌です。18才以降になると現れてきます。

・ 底面の細菌から順番に積み上がっていきますので、いきなり高毒性のレッドコンプレックスが現れることはありません。

 

2 .人類はどうやって歯周病細菌を見つけたか

歯周病が細菌などによる微生物感染症であることは古くから知られていました。
そして、有効な歯周病治療のためには原因菌の同定が不可欠であることは明らかでした。
20世紀初頭より、世界中の研究者が歯周病原性細菌の探索に心血を注いできましたが、その研究は難航します。
細菌を大まかに分類すると、酸素のある環境で繁殖する好気性菌と、酸素があると生育できない嫌気性菌の2種類に分けられます。
歯周病菌は歯周ポケットに住んでいることは容易に想像できます。そして、ここは酸素のない嫌気環境であることは間違いありません。
そこで生育する歯周病菌も当然、嫌気性菌であるはずです。これが問題でした。
歯周ポケットから細菌を採取しても、ポケットから出して空気に触れると嫌気性菌はすぐに不活性化するか死滅してしまい、原因菌の同定どころか原因菌候補を培養して選定することすら困難でした。
いかにして酸素を排除し、生きた嫌気性菌を採取するか。
研究者たちの前に大きな壁が立ちはだかります。

 

3 .嫌気性菌をゲットせよ!

時は流れて1970年代、ついに嫌気性菌の培養技術が確立されました。
密閉された容器の内部に窒素などの不活化ガスを充填し、病巣から培養器まで酸素に触れさせることなく嫌気性菌を採取する手法が普及した結果、歯周病に関わる細菌は10数種類まで絞られました。
しかし、どの細菌がひどい歯周病を引き起こすのかについてはよくわかっていませんでした。
調べるためには、動物実験が必要です。
そしてその実験手法は、どこでだれが実験しても同じ条件になるようでなければなりません。
実験動物には当然ながら個体差もあるはずです。可能な限りデータのばらつきを少なくして、有益な実験結果を得るためには、このプロトコルの確立は避けて通ることのできない過程でした。

 

4. ついにレッドコンプレックスを発見!

研究が進み、動物実験による歯周病モデルが確立されました。これにより、高病原性の細菌を同定する道筋が立ちました。
細菌を1種類ずつ動物に接種し、歯周病になるかならないかを確かめるという、根気のいる地道な研究が始まります。
新型コロナウイルスの変異株がわかりやすい例ですが、同じ名前の病原体であっても、わずかな遺伝子や構造の違いによって多数の菌株が存在します。
研究対象となる細菌はさぞや膨大な数になったことでしょう。
研究者たちの努力の結果、現在は歯周病を重症化させる高毒性の細菌3種類が同定されました。
それこそが前回ご紹介した、レッドコンプレックスです。

①Porphyromonas gingivalis (ポルフィロモナス・ジンジバリス)
「Pg菌(ぴーじーきん)」または「ぴー・じんじばりす」。
最強の歯周病原因菌
動脈硬化症の病変からも分離され、歯周病だけでなく全身疾患にも関わる厄介者。アルツハイマー病の発症のほか、糖尿病や心筋梗塞の増悪にも関与。
生育には鉄分が必要で、ブラッシング不足による歯肉からの出血によって、赤血球中のヘモグロビン(鉄分豊富。体内の鉄分の65%はヘモグロビンにある)が本細菌の増殖にとって大いなる助けとなってしまう。
口臭の原因菌でもある。

②Tannerella forsythia (タネレラ・フォーサイシア)
10代前半には感染してしまうことが多い。
Pg菌よりも歯周病原性が強いという論文もある。
動脈硬化症も誘発する。
培養が困難で、職人芸が必要とされる。

③Treponema denticola (トレポネーマ・デンティコーラ)
免疫を抑制する作用があり、発癌を促進する。膵臓癌にも関与!タンパク質分解酵素であるデンティリシンを持ち、歯肉や骨を溶解する。また、赤血球も破壊するので、Pg菌増殖を助けてしまう。

 

5. 研究者たちの戦いは続く

レッドコンプレックス研究の進展と平行して、人体と細菌との関わりについて重要なことがわかってきました。
腸内細菌などが好例ですが、人体の内部には多数の微生物が生息しており、相互に利益を得ることのできる共生関係を築いています。これら人体の常在微生物叢をマイクロビオームと呼びますが、その大半は人体にとって有益な働きをするそうです。
しかし、なんらかの原因でその共生関係が破綻すると、常在微生物による感染症が人体を蝕むことになることが理解されてきました。

小児はともかく、成人にとっては、ソクランスキーのピラミッドを構成する細菌たちはレッドコンプレックスを含め、いずれもマイクロビオームと言って差し支えありません。
つまり、歯周病の発症はこれらの細菌との共生関係の破綻が原因であり、Pg菌などの存在自体が悪いわけではないということです。
では、なにがどうなったら共生関係が破綻するのでしょうか?

今後のブログではその点についてお伝えしたいと思います。

かえでファミリー歯科