かえでファミリー歯科の須貝 誠です。

前回は、人類がどのようにして歯周病細菌を発見してきたかをご紹介しました。

その研究の中で、人体と細菌との関わりについて、「マイクロバイオーム(常在微生物叢・じょうざいびせいぶつそう)」

という新たな概念が提唱されました。

今回はそれについてお話ししたいと思います。

(注)前回のブログでは、参考文献に従って「マイクロビオーム」と表記していました。これでも間違

いではないのですが、日本細菌学会や腸内細菌学会では「マイクロバイオーム」表記であることと

英語としての発音では「マイクロバイオーム」が正しいため、今後はこれで統一したいと思います。

 

1. 「細菌は悪」だった時代

16世紀にヤンセン親子が顕微鏡を発明し、17世紀にはそれを改良したレーウェンフックがついに

細菌を発見しました。

その後は顕微鏡の発展が進まずに100年以上の停滞がありましたが、19世紀にはパスツールや

コッホなどの偉人達によって飛躍的に細菌への理解が進んでいきます。

特に、感染症を引き起こす病原性細菌への研究には多大なる努力が払われました。

日本からも、破傷風菌で有名な北里柴三郎、赤痢菌を発見した志賀潔、黄熱病の研究途上で斃

れた野口英世、狂犬病予防で知られる梅野信吉、梅毒の特効薬サルバルサンを作った秦佐八郎

など、多くの優秀な研究者が輩出されました。

そして20世紀には、医学史における偉業と言える、フレミングによる抗生物質ペニシリンの発見が

あり、人類は細菌に抵抗する強力な武器を手にすることになります。

このような歴史のなかで、20世紀まではまさに「細菌はすべて悪いものである」との考えが主流な

のも仕方ないことだったかも知れません(ただし、これは医学における風潮です。お酒や味噌、醤

油などを科学する醸造学は細菌がいないと成り立ちませんので、分けて考える必要があります)。

その一方、人体にはたくさんの細菌が住み着いていることは古くから理解されていました。同時

に、発酵食品(納豆、ヨーグルトなど。細菌がたくさん含まれています)が胃腸の調子を良くするこ

とも経験的に知られていました。

「細菌は悪」なのであれば、健康な人にも細菌がいるのは矛盾極まりないことです。ましてや、細

菌を摂取することで体調を向上させることなど、あり得てはならないことでしょう。

研究者たちはこの不思議に挑戦していくことになりました。

 

2.身体に住む細菌たち

体内に住んでいる細菌を常在菌といいますが、21世紀に入るとこの研究が進み、今では「マイクロバイオーム(常在微生物叢)」と呼ぶことになりました。

この「叢(そう)」という漢字は、「くさむら」とも読みます。微生物叢は顕微鏡で観察したときに色鮮やかなお花畑に見えたことから名付けられました。

人体の常在微生物は皮膚や消化管(お口や胃腸)などに生息し、その数は100兆個以上とも言わ

れています(諸説あり。ちなみに人の細胞数は約37兆)。

これら常在微生物で身体に悪さをするのはほんのわずかであり、ほとんどは有害無益か、むしろ人体に有益な存在であることがわかってきました。

例えば、ビタミンK2という栄養素があります。これは、血液の凝固や組織の石灰化に関与する必

須栄養素ですが、人間は自分で合成することができません。欠乏すると骨粗鬆症や動脈硬化の

原因となります。しかし、ある種の腸内細菌がビタミンK2を合成してくれるので、私たちは健康を

維持できているのだそうです。

また、自然分娩のメリットの一つも、常在微生物によって説明づけることができます。新生児が産

道を通過する際に、産道に生息する常在微生物叢が赤ちゃんに接触し、皮膚や消化管で増殖し

ていきます。これによって、外部から襲来するいわゆる悪玉菌から守られるというものです。

現代においては、細菌は悪ではなく、共に生きる存在であると認識されるようになったのです。

 

3.共生の天秤が傾くとき

マイクロバイオームは私たちの身体の一部であり、共生パートナーであると考えられるようになりました。

そして、この共生関係が破綻すると、常在菌による感染症が発症することも解りました。

健康とは、「身体の抵抗力」「マイクロバイオームの病原性」の2者によるバランスが保たれている状態であると言えるでしょう。

これにより、共生関係の破綻には2つのパターンがあることが解ります。

一つは「身体の抵抗力低下」。もう一つは、「マイクロバイオームの高病原性化」です。

まずは「身体の抵抗力低下」からお話ししていきます。

身体の抵抗力が落ちることによって起こる、マイクロバイオームによる感染を「感染」といいます。

20世紀後半に世界で広まったは、数々の日和見感染を引き起こすことで知られています。

原因ウイルスのHIVは、免疫細胞の一種であるヘルパーT細胞を破壊し、それによって免疫不全が引き

起こされます。その結果、健康時は身体の抵抗力によって簡単に排除できるような微生物であっ

ても、厄介な病気をもたらすのです。

また、臓器移植後の日和見感染にも多大な注意が払われます。移植された臓器は他人から提供

されるため、身体は非自己とみなします。当然、免疫系は移植臓器を攻撃しようとしますので、そ

れを抑えるために免疫抑制剤を投与し、なじむまでの時間を稼ぎます。しかし免疫抑制剤は、移

植臓器への攻撃だけでなく、病原微生物への攻撃も抑制してしまうため、ここでもAIDSと同じよう

に、マイクロバイオームが悪さをする可能性が出てくるのです。

歯科でも、「親知らずが腫れて痛い!」という方が来院することがあります。

これは「智歯周囲炎・ちししゅういえん」という病気で、口腔マイクロバイオームを構成する微生物の

一部が原因菌となり、親知らずの周囲にある歯ぐきなどに炎症を起こします。

智歯周囲炎の患者さんの多くは、発症前に多忙・睡眠不足・歯みがき不足などの抵抗力低下状態で

あることを問診からうかがうことができます。

次に、「マイクロバイオームの高病原性化」です。

これによる疾患の代表例は、腸内細菌が関与する胃腸炎です。善玉菌が減って悪玉菌が増える

とお腹を壊すというのは、まさに「マイクロバイオームの高病原性化」です。

歯周病も、前回お話ししたレッドコンプレックスによる「マイクロバイオームの高病原性化」が大い

に関係してきます。詳しくは次回のブログでお伝えします。

また、私が調べたところ、なんと植物の病気にもマイクロバイオームが関与しているものがあるそ

うです。個人的に大変興味深かったので、少々長くなりますがご紹介したいと思います。

カンキツグリーニング病(以下、「CG病」と表記)という、ミカンやオレンジなどの植物病があります。

この病気は、害虫の体内に潜む細菌が果樹に感染して発症します。葉が黄色くなり、根は弱くなり、

果実は色をつけずしかも大きく育たないため、売り物になりません。そのまま数年も経つと枯れ

てしまうそうです。

世界中で猛威を振るい、米国の一大柑橘生産地であるフロリダ州では過去10年間で壊滅的な

打撃を受けたそうです。

日本では1988年に沖縄県のシークヮーサーの樹で初めて確認され、その後は沖縄県全域に拡大し

ていきました。

鹿児島県でも発生しましたが、2007年から国・県・町・鹿児島大などが合同で懸命の防除対策を

行った結果、2012年にはついに喜界島でCG病根絶宣言が出されました。

きっとプロジェクトXばりのドラマがあったことでしょう。

ちなみに、シークヮーサーの原産は沖縄と台湾だそうで、日本ではほぼすべてのシークヮーサー

が沖縄で栽培されています。沖縄本島でも根絶に向けてがんばって頂きたいと思います。

さてこのCG病とマイクロバイオームの関係ですが、害虫からもたらされた病原菌が感染すること

で、果樹と共生している善玉菌が減少し、悪玉菌が増加します。特に根っこに寄生微生物や腐植

微生物がたくさん集まり、樹の健康を害するそうです。

これも、典型的な「マイクロバイオームの高病原性化」と言えるでしょう。

 

4.細菌と共に生きる

今回はマイクロバイオームとその共生、そして破綻についてご紹介しました。人間に限らず、この

世に生きる動植物は微生物と共生せざるを得ないということを、ご理解頂けたことと思います。

歯周病についても、この視点から向き合う必要があります。つまり、マイクロバイオームの一部で

ある歯周病原性細菌を排除することは不可能であり、いかに上手く付き合っていくかを考えていく

ほうが建設的であるということです。

 

次回はいよいよ、歯周病とマイクロバイオームについてお話ししたいと思います。

かえでファミリー歯科